Gigi Masin, Alessandro Monti, Alessandro Pizzin

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時代の波に埋もれてしまった素晴らしい音を探すレコードフリークにとって、イタリアの音楽家Gigi Masin(ジジ・マシン)はこの数年間における重要なトピックの一つになった。それは(筆者のような)知られざるアンビエントを求めていた者にとっても大きな発見だった。密やかで鎮静的な空気と、熱を秘めた強い情感。その温度差の相反するものが重なり、メランコリックで美しい像を結ぶMasinのサウンドは、ジャンルを超えて人の心を引きつけるような魅力を放っていた。

現在イタリア本土側の街メストレに住んでいるMasinは、1955年、潟湖に囲まれいくつもの運河が通るヴェネツィア本島に生まれた。幼い頃からラジオ少年だった彼は、ラジオから流れてくるジャズやフォーク、プログレッシヴ・ロックに魅了され、やがて自分でギターを弾くようになり、いつかレコードをつくることを夢見るようになる。しかし、当時ヴェネツィアでセルフ・プロデュースのレコードを作ることは容易いことではなかったと語っている通り、初のソロアルバムを自主リリースしたのは彼が31歳になる86年のこと。失恋後にサルデーニャ島で過ごした休日、その自然の美しさに感化された作品で、プレス直前に急かされて名付けたタイトルは『Wind』。港町生まれの彼にとって、それは海を帆走するための「追い風」を意味していた。ギターに替わってメイン楽器となった安価なシンセは、感情や記憶をよりシンプルに表現するための手助けになったという。このレコーディングでベースやバックヴォーカルを担当したのが、Masinのラジオ番組のリスナーだったAlessandro Monti(アレッサンドロ・モンティ)。レコード店で出会った2人は互いの音楽性に意気投合し、『Wind』以降のレコーディングも継続してゆく。

88年頃から90年代初頭にかけてMasinのレコーディングは充実期を迎えていた。88年にSub Rosaのスプリット・シリーズとして発表されたソロ『Otto Prospettive Veneziane(ヴェネツィアの8つの眺望)』、その続編として録音されるもお蔵入りとなり、後にAntsからリリースされることになる『Lontano』も同時期に録音されたものだった。Sub Rosaのためのソロ・レコーディングのプロデュースを受け持ったAlessandro Pizzin(アレッサンドロ・ピジン)は、ニューウェイヴ・グループRuinsの中核として70年代末から活動していたベテランで、スタジオにおけるもう一人のブレイン。Pizzinを含む3人のメンバーは、パドヴァの地下スタジオ「バンカー」を新たな拠点にセッションに明け暮れた。小型のグランドピアノや優れた録音機器が揃う理想的なスタジオ環境により、様々なアイデアがリアルタイムで具象化できたという。このトリオ編成のセッションは、メンバーの間でWind Pjt.(ウィンド・プロジェクト)と呼ばれていた。彼らは録りためた音源からアルバム一枚分の曲を選び、91年に地元のレーベルDivergoからレコードを発表する。タイトルは『The Wind Collector』。

電子楽器とアコースティック楽器、歌とノイズの協和を志向したWind Pjt.の実験的試みを象徴するように、アルバムは金属質なノイズ/インプロヴィゼーション「Satellite」で幕を開ける。夕凪の海原を思わせる静穏なパッドにリリカルなピアノが滴る「Stella Maris」や「Blue Weaver」、チターの風雅な音色をフィーチュアした「She Wears Shades」(このチターは『Wind』の在庫とともに洪水被害に巻き込まれた)など、彼らのキャリアの中でもハイライトに挙げられる珠玉のトラックが並んでいた。しかし、メンバーは後年このアルバムを「完璧ではなかった」と振り返る。リリース時は難が重なり、反応は決してよいものではなかったという。91年のトリオ解散後、Masinは10年近く沈黙。Montiも92年にグランジ・バンドのプロデュースでアメリカへ渡った後、ソロ始動まで表立った活動から身を引いた。健康上の問題など様々な理由があったというが、自由でインディペンデントであろうと情熱を燃やす彼らにとって最も落胆に打ち沈んだ時期であったと想像できる。レコーディングの成果や作品の価値を認める一方で、メンバーにとっては複雑な想いを抱くような未完作品だったのかもしれない。長い年月を経て、『The Wind Collector』はMasinのソロ作同様に傑作として高い評価を受ける。2014年にオリジナルLPのラストコピーを売り切った後、彼らの元にはCD化を求める声が数多く寄せられたという。

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『The Wind Collector』は新たにリマスタリングされ、未発表音源を含むCD2枚組のディフィニティブ・エディションとして再びリリースされることになった。レーベルはMontiが主宰するDiplodisc。作者/プロデューサーのクレジットにはPizzinを含む3人が連記されている。

ディスク1は、8トラック・マスターテープより。オリジナルLPの収録曲に加え、プロモ用カセットで一時出回った「Ghosts」や、コンピレーション提供曲「Almanac」など、90年に行われたセッションをコンプリートした新編『The Wind Collector』。ディスク2は、リファレンスカセットに残されていた5時間を超えるデモセッションやリハーサルから、「Call Me」や「Clouds」のオルタネイトテイクなどレアトラックを集めた『As Witness Our Hands』。ラストライブでも演奏された「Know」は彼らが敬愛するシンガーソングライターNick Drakeの曲、「Medusa’s Refrain」は現代音楽作曲家Terry Rileyの曲のカヴァーで、そのセレクトからもフォークとミニマリズムが混成する彼らのサウンドのルーツ的側面を伺い知ることができる。(Terry Rileyの「Dream Collector」は、アルバムネーミングのヒントになったという)

今から3年前、編集盤『Talk To The Sea』のアナウンスに沸き立つ状況を、Masinと旧来のレコーディングメンバーは「風が再び吹きはじめた」と表した。それは、失意のうちに解散したWind Pjt.が、順風を受けて動き出しつつあることも示唆していた。アムステルダムのレーベルMusic From Memoryクルーをはじめ、現行のDJやミュージシャンから寄せられたリスペクトと共感、レコード店による旧作のレコメンド、そして若いリスナーからの好意的な反応は、3人がかつての音源に向き合い再編に取り組むための心強い追い風となった。

この数年、トリオの中心であるMasinは、Gaussian Curve(w/Jonny Nash、Young Marco)やTempelhofとのコラボレーションなど精力的な活動をみせている。またMontiはUnfolk名義でモダンかつプリミティヴなアンビエント・フォークを追求し、Pizzinはミニマルウェイヴ方面で再評価を受けている。3人は今作のリイシューに並行するように、Wind Collectorsとして新たなレコーディングに励んでいる。

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「Talk To The Sea」(Music From Memory, 2014)より。「ステラ・マリス」(海の星)は航海の指標となる北極星。

text by Fujii